2023年10月27~29日、「WDO世界デザイン会議東京2023」(以下、世界デザイン会議)が開催される。メインテーマを「Design Beyond」、サブテーマを「Humanity(ヒューマニティー)」「Planet(プラネット)」「Technology(テクノロジー)」「Policy(ポリシー)」の4つに据えて、「これからのデザインの可能性」について幅広い議論を繰り広げる。実行委員長の田中一雄氏と各分科会のモデレーターに、見どころや注目ポイントを聞いた。今回は後編。「プラネット」「テクノロジー」分科会を取り上げる。
▼前編はこちら 開催間近! 世界デザイン会議の見どころは?(前編)田中一雄氏(以下、田中) 今回の世界デザイン会議には4つのテーマがありますが、今日、来ていただいたお二人が担当する分科会の「プラネット」と「テクノロジー」というテーマは、参加者としては一番興味があるところだろうと思っています。
プラネットについては、何よりもまず気候変動やそれに伴う様々な問題が避けては通れない。テクノロジーについてはAI(人工知能)と人間はどう向き合っていくのか、ということ。私自身としては、AIを利用するにしても入り口で要件を定義していくところと、出口で結果を判断していく部分、そこに人間の力が絶対必要だろうと思っているんですが、そうした問題をデザインとどうつなげるかということを考えないといけないのではないでしょうか。
WDO世界デザイン会議東京2023 実行委員長
WDO Regional Advisor/GKデザイン機構代表取締役社長CEO/日本インダストリアルデザイン協会特別顧問
スザンヌ・ムーニー氏(以下、ムーニー)AIについてはこの1年の間にとても大きな課題になってきて、今、このタイミングで考えなければいけないことだと思います。
サーキュラーエコノミーへのシフトどうすれば?
――それぞれの分科会の中でどういう議論になりそうか、ぜひお聞かせください。
水野大二郎氏(以下、水野) まず、気候変動問題に対して積極的にアプローチしている英国のエレン・マッカーサー財団のモニカ・コンクズ=マッケンジーさんから、重要な論点が示されるはずです。サーキュラーエコノミー(循環型経済)に関することでしょう。
エレン・マッカーサー財団は、デジタル化を全く否定していないどころか、むしろ推進しているんです。例えば、サーキュラーエコノミーとファッション産業についてリポートしていますが、大量生産・大量消費には当然限界があって、仮想空間のアバターがデジタルデータの服を着るといったことを通して「脱物質化」を図る──そんな新しいデザイン産業を創り出すべきだと言っています。今回の会議でも、物の循環だけではなく、デジタル化まで踏み込んだ話をしていただけると思っています。
Session 2 - Planet モデレーター
京都工芸繊維大学教授、慶應義塾大学大学院特別招聘教授
田中 プラネットの話がテクノロジーとつながってきますね。
水野 そうです。テクノロジーとの接続は非常に良いです。
続いて、インドネシアのバンドン工科大学のドウィニタ・ララサティさんからどういう論点が示されるのかも興味があるところです。彼女が手掛ける東南アジアに根ざした持続可能な住宅設計のみならず、ビジネスやコミュニケーションまで幅広くご紹介いただきたいと思います。
これまで東南アジア各国は廃棄物の輸入国に該当していたわけですが、今ではほとんどの国が廃棄物の受け入れに否定的です。そうすると日本も国内での循環を考える必要がありますし、インドネシアはインドネシアなりの新しい域内循環が必要です。既にキノコの菌糸で代替レザーを作るバイオベンチャーがインドネシアでも出てきたと聞いています。そういった取り組みが他にもきっとあるのではないかと。
太刀川(英輔)さんに関しては、彼が携わるADAPTMENTという活動と関連するリジェネラティブデザイン(Regenerative Design:環境再生型デザイン)という考えが既に注目を浴びている中、持続から再生への移行とは何かを話していただければと思います。人間が自然と互恵的に、再生可能な状況をどうつくっていけるのか、興味深いです。
――大きな変化の中で、デザインに関わる人たちも変わっていかなきゃいけないですね。
水野 まずは大量生産しなくても収益性があるデザインやビジネスをどうつくっていくか、そして物を捨てるときのことをもっと考えなければいけないですよね。例えば生分解性の材料やリサイクル材料を使うといったことですけど、さらにもう一歩進んで、農業から一緒に取り組んだり、第1次産業から材料のことを考えたりするといった取り組みも必要になってくるかもしれません。それによって自然風土そのものを回復させていくわけです。
田中 ベースはサーキュラーエコノミーで、それを実現する「ビッグD(広義のデザイン)」、つまり仕組みのデザインやテクノロジーのデザインがあって、それを着地させる「スモールd(狭義のデザイン)」がある。そんな認識じゃないかなと思います。
水野 そうですね。そういう意味ではトレーサビリティー(生産履歴の追跡)を担保する情報技術系、コミュニケーション系、インフォグラフィックス系、UX(ユーザーエクスペリエンス)系のデザインに注目すべきだと思っています。
本当の「新・人類」が出てくる?
――持続可能な社会はテクノロジーと密接に関わってきます。そこはムーニーさんのテクノロジー分科会でお話しされるわけですね。
Session 3 - Technology モデレーター
多摩美術大学 准教授
ムーニー テクノロジー分科会のメンバーと1年ほど前に相談したときは、例えばメタバースがキーワードでした。しかし、この1年の間にAIがメインになってきました。
これまで、クリエイティビティーは人間にしかないものだと思ってきたけれど、実はそうではなくなってきた。そこが一番大きな問題で、考えなければならないところです。これからはAIがビジュアライゼーションするだけではなくて、その背後にあるアイデアもAIがマシンのように生み出してきます。それをどうやってコントロールすればいいのか、どう使えばいいのか、非常に難しい問題です。
まず著作権の問題がありますよね。さらには倫理の問題、そしてエネルギーの問題……。AIを開発するにはエネルギーが必要です。それはつまり資金力。お金を持っている国や企業はAIをどんどん開発して使えるけれど、持たざる者は使えないという大きな問題がありますね。
どうすればいいかという答えは、今回のデザイン会議では出てこないと思いますが、色々な考え方をお話しして、何かしらのヒントになればいいなと思っています。
分科会メンバーの松尾豊さんがAIについて論理的な視点で話してくれるはずです。田中みゆきさんは、テクノロジーが日常に入ってくることでどんな可能性が広がり、どんな問題が出てくるのかといった話をしてくれると思います。佐々木剛二さんは、個人というよりも企業としてテクノロジーにどう対していけばいいかという視点をカバーしてくれるでしょう。
どういう議論をするか、まだ100%決まってはいませんが、テクノロジー、特にAIが日常生活、デザインの世界に与える影響について、色々な角度からお話しできるはずです。
――最終的な答えまではいかなくても、考えなければならないこと、多くの視点を皆さんに提供できそうですね。
田中 いつの時代も新しい技術に対してアレルギー反応は出てきますが、基本的には技術の進歩に逆らうことはできないんですよ。
ムーニー 実際、日本も変わりましたよね。数年前まではアナログ、紙ベースの部分がまだまだ多かったのに……。新型コロナウイルス禍の前は会議にオンラインで参加したいなんて言えなかった(笑)。本当に必要になったら、日本はできると思う。
水野 インターネットが出てきたときにも、ネットによって知性が崩壊すると言う人と、ネットによって生まれる新しい知性もあるはずだと擁護する人がいましたね。これは「もろ刃の剣」だと考えるしかないでしょう。AIとの協調的な作業をどうすればできるのかという建設的なポイントが、個人的には一番興味深いところです。AIと共に暮らす人間って、どういう人間なんだろうと……。
――今は小学生の頃からAIを使います。この子供たちが新しい人類への可能性を見せてくれるんでしょうか。
田中 本当の「新・人類」が出てくるんですよ。何十年後ではなく、もっと早い。どんどん加速度的に変化していくので、想像を超えて早いんじゃないかという気がします。
「生と死」すら変わる時代
――プラネットとテクノロジーのテーマは相互に関係し合ってますよね。水野さん、ムーニーさん、お互いにどんな点に興味がありますか。
ムーニー 私は人類学者のティム・インゴルドの大ファンで、彼が今の世界をどう見ているかの話はもうすごく楽しみです。分科会が同時開催なので生では聞けないんですが、後で録画を絶対見ます!
水野 テクノロジーの話って、場合によっては技術決定論的なものになりがちで、「こういう技術があれば人間はこう変わります」って話になってしまう。けれども、テクノロジー分科会で登壇する田中さんと佐々木さんは、それだけじゃないよねっていうポジションで議論される方だと思うんです。松尾さんも、人間に対する見方がすごく独特で面白いですし……。
だから分科会では、技術によって社会は変容するかもしれないが、予想する通りに変容はしないだろうとしたときに、どういうことを考えていけばいいのかという視点が浮かび上がってくるんだろうなと期待しています。
――最終的には人間とはどうあるべきか、というところに話が戻ってくるという気がしますね。
田中 社会の変化と技術の変化と環境の変化の中で、当然、人間も変わってくるんだと思いますよ。
ムーニー AIの進化によって、「人間しかできないことって何なのか」が分からなくなってきました。「人間の価値って何?」と。人間に対して、きっと色々なチャレンジが来るんですよね。
田中 AIには感情がないという言い方をしますけど、そのうちに学習して感情のようなものも持つと思います。人間とは違う人間、「人工的人間」が生まれてくるわけです。既にネット上でAIを恋人にして人生相談をしているうちに自殺してしまった、という話もあります。人類が今まで体験したことのない時代になるんだろうと思いますよ。
水野 この類いの話はどんどん出てきていて、明らかに新しい人間の生活が生まれている。仮想空間だけで会った人たちが結婚して、相手が亡くなってしまったので仮想空間内に墓を作ったんだけど、その墓は一体どの文化に根ざしたらいいのか、とか。そもそもバーチャルにパートナーを亡くすってどういうことなんだ、といった議論がされているわけですよね。
あるいは、亡くなった娘をメタバース環境で再現することもできる。従来の人間生活の中では、人は亡くなれば完全にいなくなるわけじゃないですか。それですら復活できる。それに対して我々は一体どうやって付き合えばいいんだろうか。これは知財だけじゃなく人々の生活の問題になってくるんですよね。
田中 それこそ生と死の意味が非常に変わってくる時代になるんじゃないかなと思います。
水野 単純に人間対人間の付き合いとは違うモデルの付き合いが必要になってくるだろうと。産業側としてはどういうルールで、その付き合いをうまく推進したり、あるいは抑制したりするのか、といった視点も求められ始めています。
田中 今までの方程式は使えない時代になる。新しいルールが必要なんだと思います。
デザインの国際団体World Design Organization(WDO:世界デザイン機構)による「World Design Assembly(WDA)/世界デザイン会議」のこと。「WDO世界デザイン会議東京2023」として、2023年10月27~29日に東京で開催され、世界各地のデザイン関係者に加え、テクノロジー、サイエンスなど様々な分野の関係者が集い、デザインの新たな役割などを議論する。日本での開催は1973年(京都)、89年(名古屋)以来、34年ぶり。「日経デザイン」は今回のメディアパートナー。