2023年10月27~29日、「WDO世界デザイン会議東京2023」(以下、世界デザイン会議)が開催される。メインテーマを「Design Beyond」、サブテーマを「Humanity(ヒューマニティー)」「Planet(プラネット)」「Technology(テクノロジー)」「Policy(ポリシー)」の4つに据えて、「これからのデザインの可能性」について幅広い議論を繰り広げる。実行委員長の田中一雄氏と各分科会のモデレーターに、見どころや注目ポイントを聞いた。今回は前編として「ヒューマニティー」と「ポリシー」分科会を取り上げる。

「WDO世界デザイン会議東京2023」の4つの分科会のうち、今回は「ヒューマニティー」と「ポリシー」のモデレーターを招き、話を聞いた(写真/名児耶 洋)
「WDO世界デザイン会議東京2023」の4つの分科会のうち、今回は「ヒューマニティー」と「ポリシー」のモデレーターを招き、話を聞いた(写真/名児耶 洋)

――今回のメインテーマについてや、各分科会でどんなことが議論されるのかをお話しいただく前に、日本で行われた前回、前々回の世界デザイン会議の意義について、ちょっと触れてみたいと思います。

田中一雄氏(以下、田中) 1973年の京都は、アジアで初めて開催された世界デザイン会議だったということですね。「人の心と物の世界」がテーマでした。哲学的な部分も大きくてですね。「これからはデザインというものが重要なんだ」と、かなり高い思想性を持って開催されたと思います。

「今回の世界デザイン会議が日本にどんなレガシーを残せるのか」と語る田中一雄氏(写真/名児耶 洋)
「今回の世界デザイン会議が日本にどんなレガシーを残せるのか」と語る田中一雄氏(写真/名児耶 洋)
田中 一雄 氏
WDO世界デザイン会議東京2023 実行委員長

WDO Regional Advisor/GKデザイン機構代表取締役社長CEO/日本インダストリアルデザイン協会特別顧問
日本の工業デザインをけん引してきたGKデザイングループを率いる。経済産業省による「『デザイン経営』宣言」(2018年)の策定コアメンバーでもある

 89年の名古屋はバブルがはじけようとする直前で、「かたちの新風景」というテーマでした。サブタイトルは「情報化時代のデザイン」。情報化という流れの中で新しい時代が到来し、デザインがさらに幅広く能力を発揮していく――。その期待が込められていたと思います。

 今回は「Design Beyond」がメインテーマになっています。デザインはこれからどこに行くんだろうか――。これはいつの時代も同じ問いが出されてきたともいえますが、新型コロナウイルス禍を経て今、世界は大きな転換点を迎えています。

コロナ禍を越え、人間はどう変わっていくのか

 今回の「プラネット」と「テクノロジー」という分科会テーマにも表れているように、一つにはやはり地球環境問題。温暖化に起因する気候変動の影響は今後、食糧や経済の問題まで及んできます。

 もう一つはAI(人工知能)をはじめとするテクノロジーの問題。進化するAIと、人間はどう向き合っていくのか。その他にも、デジタルテクノロジーが社会に大きな影響を及ぼしています。米国ではコロナ禍によるデジタル化の急速な普及を「テクセラレーション」と表現しているそうです。テクノロジーとアクセラレーション(推進)を掛け合わせた言葉で、コロナ禍以前なら10年かかると思われていた変化が、たった2年で起きた。つまり変化が5倍速で進んだということです。

 こういう時代に、デザインはどうあるべきか? そのことを考えるとき、大前提として人間そのものへの考察が欠かせません。コロナ禍を越え、人間はどう変わっていくのか、変わるべきなのか? 

 だからキーノートは「ヒューマニティー」「プラネット」「テクノロジー」の3つで構成しています。それらの変化を踏まえて新しいデザインを生み出し、社会にどう実装するかまで考えなければならない。4つ目の分科会として「ポリシー」があるのは、そのためです。

――なるほど。では次に、各分科会ではどんな議論がされるのかについて、聞かせてください。

池田美奈子氏(以下、池田) 「ヒューマニティー」の分科会では、「プラネット」と「テクノロジー」の大きな変化に対して新しい人間観を提示するという壮大なミッションがあります。登壇者のドミニク・チェンさんには、プラネットという視点で人間をどう捉えるのかについてお聞きしたいと思っています。

「人間はこれからどう変わるか、変わるべきなのか」と語る池田美奈子氏(写真/名児耶 洋)
「人間はこれからどう変わるか、変わるべきなのか」と語る池田美奈子氏(写真/名児耶 洋)
池田 美奈子 氏
Session 1 - Humanity モデレーター

九州大学 准教授/IIDj 編集者
編集的な思考を応用したデザインの可能性を探るほか、伝統工芸の文化と技術の継承を目指したデザインプロジェクトを手掛けている

 コンピューターサイエンティストの暦本純一さんは、テクノロジーと人間の関係について大胆な考え方を語っていただけそうです。キャメロン・シンクレアさんは、気候変動や社会問題に対して、人間が具体的に何ができるのかについての新たな指針を示していただけるのではないかと期待しています。

 20万年もの年月の結果として今の人間が存在しているわけで、問題があるからといって急に新しい人間に変われるのかという疑問は当然あります。ただ、環境の変化が5倍速で進んでいるわけですし、人間はどう変わるべきかというのも真剣に考えなくちゃいけないのは確かですよね。このままでは地球が立ち行かないだろうというのは多くの人が分かっているでしょうし。

田中 ルネサンス以来の価値観としての人間中心主義、世界の頂点に人間がいるんだっていうことではもう成立しないよ、と。エゴイズムから脱却した「汎地球的人間主義」ともいえる価値感。それが必要だという議論は、会議の準備段階でかなりされてましたね。「今さえよければいい」ではなくて、ちょっと不自由かもしれないけど、全体を考えないと自分自身も死んでしまうんですからね。

池田 地球上に存在する様々な生命のうちの一つとしての人間主義。そういうスコープで考えていかないといけないということでしょうね。

田中 確かにこのテーマは哲学的で奥深いけれども、ここからスタートすべきなんだろうなという感じがしますね。人間はどう変わるべきか。地球環境の問題、技術の進化を踏まえて何らかのコンセンサスが得られたとして、それを最終的に社会に実装しなきゃいけない。ここがまた難しいところだと思うんです。

世界中でなぜデザインの手法が導入されるのか

――「ポリシー」の分科会ではどういう話の展開になりそうですか。

田川欣哉氏(以下、田川) 今回、英国、台湾、インドネシア、そして日本という4つの国・地域から、当事者の方々に集まっていただきます。それぞれがどういうビジョンでどんな取り組みをして、今どの地点にいるのか、この先に何を描いているのかということを、個人の体験と共に語っていただきたいと思っています。

「デザインがいろいろな分野に掛け算されていくといい」と語る田川欣哉氏(写真/中村 宏)
「デザインがいろいろな分野に掛け算されていくといい」と語る田川欣哉氏(写真/中村 宏)
田川 欣哉 氏
Session 4 - Policy モデレーター

Takram 代表取締役/ロイヤル・カレッジ・オブ・アート名誉フェロー
化粧品から宇宙工学まで、イノベーションとブランディングの幅広いテーマを手掛けるデザインファームTakramを代表として率いる

 僕の関心事としては、なぜデザインの手法が今、世界中で導入されつつあるのかということです。

 デザインのファンクションの一つは、人工物と人間を調和的に接続するというところにあると思うんですが、行政サービスと国民との関係で見たときに、これまでの行政サービスは、ユーザーのための使い勝手などをきちんと考えてつくられてきてはいなかったのではないかと。使いにくいサービスであっても、窓口の人による柔軟で丁寧な対応が、その部分をカバーしていた。しかし、行政サービスがデジタル化されると、使いにくいサービスがそのままユーザーに届いてしまうんですね。これが各国で問題になった。

 法体系や行政プロセスは、基本的にコミュニケーションプロトコルが非人間的にできています。効率的であることを優先してつくられているので、デジタル化されて人間というインターフェースがなくなると機能しないっていうことが分かり始めたと思うんです。

 そこで各国の行政が、デザイン思考やユーザー理解、プロトタイピングといった手法を行政官が使いこなすことによって、国民にちゃんと使っていただけるサービスをつくらなければいけないっていうことに気づいた。けれども、官僚機構を支えてきた人材教育の中にはないんです、そういう訓練が。基本的に法律っていうのは、属人性を嫌うので……。そもそもユーザーニーズのくみ上げのようなことを、行政官はほとんどやらないんですよね。

 今回、英国からポリシーラボのアナ・ウィッチャーさんという方が来てくれるんですが、ポリシーラボの取り組みを見ると、デザイン思考的なプロセスでインタビューやユーザー観察、ワークショップなど、顧客理解の取り組みを本当に真面目にやってるんです。

 そういうプロセスを経てつくられた制度とそうじゃないものとでは、評価がかなり違うんでしょうね。そういった取り組みが、英国ではだいぶ広がってきています。

多くの分野で生きるデザイン

――今のお話を聞いていると、日本が3周くらい遅れている感じがしますね。

田川 ポリシーラボが面白いのは、デザインという言葉を、説明の中であまり使っていないんですよ。ポリシーラボの名前も「ポリシーデザインラボ」ではなくて、ポリシーのラボ。政策のラボを運営するための方法論の中に、ユーザー観察やプロトタイピングなどが、かなり具体的に据え付けられています。

田中 英国でデザインという言葉を使わないという話、面白いですね。何か別の言葉に言い換えているんでしょうか。

田川 オブザベーションやプロトタイピングのように、もう少し具体的な粒度で話している印象があります。例えばワークショップの運用ツールキットやオブザベーションのガイドラインがあれば、デザインの全体像を理解しなくても使えちゃうんですよ。英国は非常に実利的な国なので、それで実際に行政のレベルが上がるんならいいじゃないかって考えているような気がします。いわゆるデザインの一般化というのが起こっているんだと思います。

池田 英国ではデザインというものが一般の中に浸透したから、デザイン的なツールを使って目の前の課題をどんどん解決できるんだということですが、その先にあるビッグピクチャーを誰が描くのかというところに興味がありますね。

田川 ビッグピクチャーを描くのが誰かというのはケース・バイ・ケースだと思います。ビジョンの大枠を考えることと、それをビジュアライズすることって、それぞれ別の能力で、それらがペアリングされたときに大きな威力が出ますよね。たまにデザイナーがその両方の能力を持っていることもあるけど、通常は例えば経営者とデザイナーがチームを組んで取り組んでいることが多いと思います。

田中 物事を客観化する能力とビジュアライゼーションは確かにデザイナーが得意なところなんですよね。

池田 ビジュアライズした途端、あるいは要件を整理した途端に、多くの人の理解が進んで次のステップに行けるというか、そういう経験は結構ありますね。

田川 デザイナーが受けるトレーニングが、他の職種の方々に良い影響を与えるということはあると思うんですよね。例えばエンジニアは物事をどんどん「分解」していくんです。最小単位まで分けて物事を捉えるというか……。

 デザイナーはそれとは逆で、むしろ「総合」を担当することが多い。なぜかというと、プロダクトでもサービスでも最後は一つにまとまって、全体としてユーザーが体験するものであって、バラバラに体験するわけじゃないですよね。デザイナーは「最後にはユーザーがいる」という訓練がされているし、だから統合的な思考や俯瞰(ふかん)的な視点があるんだと思います。

 デザインがいろいろな分野に掛け算されていくと、デザインが今まで培ってきた知識や経験がとても生きてきます。

 ただ、気をつけたいのは、デザインにも機能限界があるということですよね。例えばサステナビリティー(持続可能性)のような大きな課題に対して、人間の行動変容を促すという意味ではデザインが貢献できますが、素材や物流の仕組み、サイエンスといったもののほうがインパクトは大きいかもしれない。

田中 デザイナーは「プラスチックのストローを紙にしましょう」とは伝えられるんだけど、実際はそれほど大きな影響はないとかね……。下手をするとグリーンウオッシュになりかねなくて、そこは難しいところですね。

 その辺にも気を配りつつ、世界デザイン会議では、参加した方々が「これに気づいた」「こんな発見があった」といった、何かしらおみやげを持って帰っていただけるといいと思っているんです。

池田 参加したらちょっと世の中が変わって見えた、みたいな。

田中 過去2回の世界デザイン会議では、地域の産業にデザインが波及したり、デザインに対する注目度が上がったりしました。今回はどんなレガシーを日本に残せるのか――真剣に考えなきゃいけないと思っています。

世界デザイン会議とは

デザインの国際団体World Design Organization(WDO:世界デザイン機構)による「World Design Assembly(WDA)/世界デザイン会議」のこと。「WDO世界デザイン会議東京2023」として、2023年10月27~29日に東京で開催され、世界各地のデザイン関係者に加え、テクノロジー、サイエンスなど様々な分野の関係者が集い、デザインの新たな役割などを議論する。日本での開催は1973年(京都)、89年(名古屋)以来、34年ぶり。「日経デザイン」は今回のメディアパートナー。

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